東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)52号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。
1 成立に争いのない甲第三号証によると、引用例の特許請求の範囲第一項には「硫化水素、メルカブタン類、チオエーテル類のうちの一種または二種以上を含有する悪臭ガスをpH九以上のアルカリ性過酸化水素水溶液と接触させて、該ガス中から悪臭成分を除去することを特徴とする悪臭ガスの処理法」の発明が記載されていることが認められる。そして、同号証によれば、右pH九以上のアルカリ性過酸化水素水溶液について、引用例の発明の詳細な説明の欄に、「本発明においてアルカリ性過酸化水素水溶液のpHは九以上、好ましくは一二以上である。pHが九より小さくなると悪臭成分が液に溶解される速度がおそく、したがつて悪臭成分は除去されにくいのに対し、pHが九以上になると悪臭成分の吸収効率は一〇〇%になり、悪臭成分はきわめて効果的に除去される。」(同号証二枚目下段右欄一三ないし一九行)とその水素イオン濃度を九以上とした理由を述べこれに続けて「アルカリ性過酸化水素水溶液において用いられるアルカリとしては、苛性ソーダ、炭酸ソーダ、水酸化カルシウム、アンモニアなどがあげられるが、過酸化水素の分解を考慮すれば、苛性ソーダが好ましい。」(同二枚目下段右欄一九行ないし三枚目上段左欄四行)として右水溶液に用いられるアルカリ性物質について述べ、次いで「アルカリ性過酸化水素水溶液中の過酸化水素の濃度は、悪臭ガスを酸化するに要する化学量論量以上であればとくに制限はない。……液中の過酸化水素の濃度は処理する際の気液の接触状態を勘案して、通常一~一〇%の範囲から適宜選ばれる。」(同三枚目上段左欄五ないし一八行)として、右水溶液の過酸化水素の濃度について説明していることが認められる。右の記載によれば、引用例の悪臭ガス処理に用いられるアルカリ性過酸化水素水溶液の一つとして水と過酸化水素と炭酸ソーダすなわち炭酸ナトリウムとからなる水溶液があることが認められる。
一方、前記当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲と成立に争いのない甲第二号証により認められる本願明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、本願発明には、酸素供給体として過酸化水素を用い、この過酸化水素を添加した炭酸ナトリウム水溶液によつて、例えば酸化水素、硫化水素、塩化水素、アンモニア、トリメチルアミン、アセトアルデヒドのような有害物質を除去する方法が含まれていることが明らかであり、この場合の水溶液が水と炭酸ナトリウムと過酸化水素とからなることが認められる。
右事実によると、引用例の発明と本願発明は、ともに同種の有害物質を除去する水溶液として、水と過酸化水素と炭酸ナトリウムとからなる水溶液を用いる点において一致することが明らかである。
原告は、本願発明は過酸化水素の実在する炭酸ナトリウム水溶液の中で有害ガスと過酸化水素とを接触させ有害ガスを除去(消滅)させる発明である(このことは被告の明らかに争わないところである。)のに対し、引用例の発明は過酸化水素が消滅したアルカリ性の水溶液と有害ガスとを接触させて有害ガスを除去する発明であると主張する。しかし、前掲甲第三号証により認められる引用例の発明の詳細な説明の冒頭部分の「本発明は、硫化水素、メルカブタン類、チオエーテル類を含む悪臭ガスの処理法に関するものである。さらに詳細には悪臭ガス中の悪臭成分を過酸化水素を用いて有効に酸化し無臭化合物として除去する方法に関する。」(同号証一枚目下段左欄末一行ないし同右欄四行)との記載及びアルカリ性過酸化水素水溶液中の過酸化水素の濃度を説明する部分の「悪臭ガスに対してあまりにも大過剰存在すると悪臭成分の酸化反応に関係なく、いたずらに分解のみが起こり、経済的に好ましくなく、一方、過酸化水素濃度が低すぎると悪臭ガスと液との気液接触反応において、メルカブタンとガス中に含まれる酸素との反応が、メルカブタンと過酸化水素との反応よりも優先して、ジスルフイドの生成量を増加するために好ましくない。」(同三枚目上段左欄八ないし一六行)との記載から明らかなように、引用例の発明においても、本願発明と同じく過酸化水素の実在するアルカリ性の水溶液の中で、悪臭ガスと過酸化水素とを接触させ、過酸化水素により悪臭ガスを有効に酸化させてこれを除去するものであることが認められる。
また、原告は、引用例の方法によつては有害物質は除去できない旨主張するが、前掲甲第三号証によれば、引用例の方法によりジメルスルフイド二〇〇PPm、酸素一〇〇〇PPm以下を含む悪臭ガスを、炭酸ソーダ濃度〇・四六%、過酸化水素濃度五%のアルカリ性過酸化水素水溶液(pH一一)で処理し、出口ガス中のジメルスルフイドの濃度を〇・四PPmとした例(実施例四)があることが認められるから、引用例の方法においても有害物質を除去する効果は十分に達成されていることが明らかである。原告の右主張も採用できない。その他、本願発明の有害物質除去の効果が引用例の発明の効果に比し格別顕著なものと認めるに足りる証拠はない。
以上のとおり、引用例により悪臭ガスの処理液として水と炭酸ナトリウムと過酸化水素とからなる水溶液が知られているのであるから、同種の有害物質を除去するための水溶液を得るために、過酸化水素を炭酸ナトリウム水溶液に添加することは当業者が容易になし得ることと認められる。また、本願発明の有害物質除去の効果も引用例の発明の効果に比し格別顕著なものとは認められないこと前叙のとおりであるから、結局、本願発明は引用例の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものといわざるをえない。(なお、本願発明の要旨を特許請求の範囲(2)ないし(4)記載の各実施態様に限定しても右の判断に影響はない。)
2 以上のとおりであるから、審決の認定判断に誤りはなく、これを取り消すべき違法の点は見当らない。
三 よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
(1) 水素供給体および/あるいは酸素供給体を添加した炭酸ナトリウム水溶液を単独あるいは必要に応じてジクロベンゼンを合せて用いることを特徴とする有害物質の除去方法。
(2) 炭酸ナトリウム水溶液の濃度が〇・〇〇一%~三〇%、好ましくは〇・〇一~五・〇%であることを特徴とする特許請求の範囲第一項記載の有害物質の除去方法。
(3) 炭酸ナトリウムの水溶液の温度が一・〇度C~九〇度C、好ましくは五度C~八五度Cであることを特徴とする特許請求の範囲第一項又は第二項記載の有害物質の除去方法。
(4) 有害物質に反応する添加剤が有害物質の分子量に対して理論モル等量以上の添加を保つ特許請求の範囲第一項記載の有害物質の除去方法。